| 森岳城、高来城 |
松倉重政
松倉氏、松平(深溝)氏 |
廃城令により破却
復興天守閣(1964年)コンクリート |
有明海に臨み、雲仙岳の麓に位置する。城郭の形式はほぼ長方形の連郭式平城。高く頑丈な石垣が特徴である。本丸は周囲を水堀で囲まれており、二の丸と廊下橋形式の木橋一本で繋がれている。橋を壊せば本丸を独立させることが出来るが、逆に袋の鼠状態になり、しかも廊下橋は、防備上矢玉が当たりにくくなるので、縄張りの欠陥とも言える。同じ事例に、高松城の天守郭(本丸)がある。また、天守は破風を持たない独立式層塔型5層5階で最上階の廻縁高欄を後に戸板で囲ったため「唐造り」のようになっていた。
江戸時代は島原藩の政庁であり藩主の居所であった。成立当時の島原藩は4万石であったが、石高に比べると極めて立派な城である。
1876年(明治9年)に天守・御殿以下建造物は悉く破脚された。現在は本丸に天守・櫓・長塀が復興され、城跡公園となっている。 |