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銀杏城 |
出田秀信 加藤氏、細川氏 |
西南戦争時原因不明の出火で天守
復元天守閣(1960年)コンクリート |
室町時代に原型である隈本城(くまもとじょう)が築かれる。
現在の熊本城は豊臣政権下で肥後入りした加藤清正の築城と言われている。
反りが特徴的な「武者返し」と呼ばれる石垣を持ち、難攻不落を誇る。大坂城、名古屋城と並んで、日本三名城に数えられる。
明治維新後は熊本鎮台がおかれた。このため西南戦争では政府軍の重要拠点であると同時に西郷軍の重要攻略目標となる。田原坂の戦いを含む激しい攻防が行われたが、熊本城は谷干城指揮の下よく攻撃に耐え、ついに撃退に成功した。なお、この戦いでは武者返しが大いに役立ち、熊本城を甘く見ていた西郷軍は、誰一人として城内に侵入することができなかったという。 |